丸の内ブランドフォーラム ラウンド 15・2
「近未来のグローバル・スタンダード: 次世代リーダー人材の育成」
立命館アジア太平洋大学学長 是永 駿
■ 引く手数多の優秀な高校生を世界から連れてくる。ということは、そもそも日本ファンの学生が集うのだろう。で、日本語を学び、日本人学生と触れ合いつつ日本語交じりの授業を受ける。グローバル化というより「日本化」を進める大学なのだろうか。
それはそれで素晴らしい。グローバル化=アメリカ化のお陰で、自然も社会も痛めつけられている。日本的な思想や文化を身につけた人が各母国のリーダーに育ってくれれば、地球のサステナビリティは高まる。中国からの学生がこんなにも多いのは、ほっとさせられる(インドが少ないのが少々?だが)。
ただし気になる点が1つ。優秀な高校生に他大学を袖にして来てもらうのだから、学費はちゃんと取れるのだろうか。奨学金出して来てもらう、なんてことになれば、経営的に大丈夫なのか、不安になる。
■ 印象的だったのは、是永学長の「これからはDiversityからInclusionです」という言葉です。
多様性を理解するだけでなく、その先である受入れ、「輪」になるかんじがこの大学を表していると思いました。
欧米の価値観ではなくアジア人としての意識を持ち、アジア太平洋地域の平和と安定を目指すことを九州からやって頂くことは意味が大きいと感じます。
歴史的にも文化的にもアジアとはつながりが深いので、首都圏から遠いという事実を跳ね返すくらいの勢いをさらにもってほしいと思います。
もちろん私立大学として存在する以上、学生が来てくれなければたちいきませんが、そのために教職員が熱意と行動力でがんばっているのがよかったです。
日本の国としてのブランド力がないとなかなか来てくれないというのは納得でした。
日本の製造業の強さ・品質の良さは揺るぎがあってならないし、伝統的な文化を引き継いでいかなければならないと気が引き締まる思いでした。
「視点の相対化」は外国でいろいろなひとと出会い「衝撃」を受けることで、いままで意識していなかったとしても自分の国を客観的に見れるようになるということだと思います。
わたしもそうでしたし、そこでそれは多くの世界中の若者に経験してほしいことです。
その場がAPUであり、卒業後に政治・経済問題が起きてもすぐに○○を知っているという個人名で連絡をとって解決していくことができると思います。
世界のどこかで紛争が起こった時にAPUのネットワークで
それが解決できたらどんなに素晴らしいだろう!
■ 普段の実業界の講師の方の話とは異なった切り口だったが、教育面から「日本(ブランド)」を発信し続ける意義、日本の排他的風土への挑戦といった点は、グローバル展開を標榜する弊社の立ち位置からも大いに参考になる話だった。変わった国=日本で先達が築き上げてきた日本ブランドに胡座をかくことなく、そのブランド価値をもっと魅力的なものに磨き上げる企業活動。イノベーションと同時に、ブランディングを地道に着実に続けていくことが、結果的には企業価値向上の唯一無二の手段なのかもしれない…とあらためて気付かされる内容であった。
しかし、大学4年間を「休憩タイム」として過ごしてしまったクチの自分とは比較のしようもない、ムハメド君を始めとするASEAN諸国の若者たちの勤勉さ、清々しさ。羨ましさを通り越して嫉妬心すらおぼえてしまう自分って・・・
■ 幕末に現在の大分県の日田で広瀬淡窓によって開かれた私塾「咸宜園」を思い出しました。まさに、「多様性が創造性を生む」をその時代に実現しており、大村益次郎や高野長英などを輩出しています。
学んでいた塾や先生からの紹介状さえあれば誰でも入塾でき、都道府県で学生が来ていないところは2県だけ、その時代に女性もいたというダイバーシティーに溢れたユニークな塾です。身分、年齢、今までの学業も一切平等に、全員が一番下の級からスタートし、月に一度のテストで昇級し、上級のものが下のものを教え、全員に飯炊き、掃除などの役割が割り振られるリベラルな塾運営がされていました。
APUが大分に誕生したご縁が分かるような気がします。
■ ・ほぼ40年間のサラリーマン生活の後、現在アカデミズムの中にいるだけでなく、ようやくゆっくりと生きることも選択肢になった今、生きるとか、人間とはとか、種々改めて考える。
・その中には、自分が奉職している大学、大学院とは何か、ということもあり、特に「大学」の存在意義や、学生として大学を選択し受験し入学し「学生であること」の意味を考える。
・簡単な解は無いのだが、少なくとも刺激を受け、自分を見つめなおし、鍛える場でありたい、という気はしている。その意味では全く「学ばなかった」とも言える自分の学生生活を振り返り、もう一度本学のような場が与えられたら有り難い、という気がした。
・当然カリキュラムの充実や、高度の知的好奇心を満足させてくれる教員、そして学生が多くいることがより求められるが、もっと基本になる、地球の人類の広さ、深さ、また差異、同質性などを日々実感しながら成長できる場でありそうなのだ。
・勿論、その成否は最終的には当人の自覚や熱意や頑張りに依るものではあるが。
・是永学長の熱弁には心打たれるものがあった。
・一点だけ気になったのは、「歴史認識」の問題である。私が勘違いした可能性もあるが、以下のように考えており、触れておきたいと思う。
・侵略者である日本の立場をごまかすことは許されないが、歴史の事実は事実として正確に整理されるべきだし(物事は立場の違いで必ずしも同じに見えないこともあり、真実・真理は一つ、と決めるのも難しいが)、無条件降伏=無条件総懺悔だったり、現在の常識で過去を裁くことも注意を要する、と思う。皮肉を言えば、ミッドウェー海戦あたりで講和していたら、帝国列強が闊歩する世界がその後も何年か続いたかもしれないし、(現実に、19-20世紀的植民地が解放されるのはアジアは比較的早かったが、世界的には概ね1960年代になってからだった。)その上、「民主主義」で「平等な」日本は簡単に実現していなかった、かもしれない。歴史に、れば・たら、はあり得ないのでこんな冗談にとどめるが、日本という「国」の問題、その被害者の「国民」として受け止める問題もまた整理されるべきかと思う。特に他国のエリートとの付き合いでは重要であると思う。
■ 世界中の50カ国以上から多く学生が、日本の有数の温泉地別府で地域交流と学生同士の刺激、そして学びを止めない高い志を持った教員や事務員の環境の中で過ごす。
この環境にいる日本人学生を羨む人(同世代学生)は大勢いるだろうと率直に思った。
印象に残ったのが「マルチカルチャラルウィーク」。ムハメドさんも触れていたが、自国の歴史文化を伝える上で、自国のより深く知る自分へのメリット、異国の歴史文化を知る他人へのメリットは大きく、学生間を繋ぐコニュミケーションツールとして素晴らしいイベントだと感じた。
これは社会に出てから経験するであろう縦割り社会を変えていく力にもなる気がしました。
■ APUの名前は知っていたのですが、こんなに多様性があって、かつ優秀なグローバル人材を育てる大学とは認識していませんでした。
ただ、是永学長のプレゼンは、大学のカリキュラムやその他の細かいデータの話が多く、むしろ事務局の伊藤さんのリクルーティングの苦労話とかの、生々しいお話のほうが、興味深かったです。
また、同じテーブルにいた方がされた、APUの学生さんにリーダーになってもらう子ども達向けの“イングリッシュイマージョンキャンプ”の話も印象的でした。
一方、事前のブランドイメージで言うと、初代学長が中嶋嶺雄さんの秋田国際教養大学(AIU)や、元国連職員の小林りんさんが創設された、インターナショナル・スクール・オブ・アジア・軽井沢(ISAK)の方が、その設立への想いや、数々の困難を乗り越えて設立にこぎ着けたプロセスを含め感動的かつ強烈なイメージを与えているので、アジアからの優秀な学生のリクルーティングだけでなく、もう少しブランディングに注力したほうが良いかもしれない、と感じました。
■ 大学ビジネスの多様化と国際化の新しい切口というサブジェクトに触れる機会となりました。今回最も感銘したのは、事務局の方のインターナルブランディングの在り方でした。今後の課題として外資系の日本支社での本来の意味での国際化について参考にしたいと思います。
■ 今回の私のツボは理念と視点でした。
建学の理念を持って設立するのが私学であると是永先生。国立も設立当初は理念があったはずだし今でも学校案内には掲げられているでしょうが、意識している人は少ないのでは。なぜ理念が形骸化したのか、それは人々が大学を選ぶモノサシの尺度が理念とは別の「偏差値」という基準でできているからかと思います。
APUは建学の理念を揺らぐことなく仕組みに落とし込むことに成功しています。そしてその通り“超”優秀なアジアからの学生、未来のアジアを創っていく人材が天空の学び舎に集っています。そこでは下界の偏差値など意味を成しません。皮肉なのは留学生の誘引要因のひとつが「日本の一流企業」へのGatewayとしての期待となっていることです。彼らに憧れられる日本(の企業)もまだまだ捨てたもんじゃない?と思うのは浅はかです。偏差値以外の価値を忘れてしまった者たちで構成される「日本企業」にアジアの英知が失望しないうちに、相対的な視点と理念について気づき、APUのみを出島にするのではなく、「開国」を急がねばならない、なんてデカイことを考えたLectureでした。
■ グローバル人材をどう育成するか、これは企業にとっても重要な課題である。今回、大学におけるグローバル人材の育成が論じられたが、日本人と留学生、それぞれのメリット・デメリットを整理して考えることができた。現在のAPUの存在は、留学生のためには良い環境なのかもしれないが、日本人にとってはそうでもないと思う。主な留学生が中国人、韓国人で構成され、グローバルな視点、グローバルな文化を理解するには少し距離があるのではと感じた。ただし、日本全体として、このような取り組みはもっと増えていく必要があるし、APU卒業生が世界で活躍することで、実績を積み重ねてほしいと思う。
《片平ゼミ学生》
■ 最後の片平先生のまとめでapuについて理解しきれていないことがすっきりして非常に楽しい会でした。教育機間や企業であろうと、持つブランドの捉え方や第三者に与える影響は全て同じだと気がつきました。是永先生も最後になってアツく語っていただいて、非常に感じるものがありました。片平先生のいう事務員レベルから自分の会社を愛している企業は確実に魅力的な企業だと感じるようになりました。
■ 大学の存在意義のようなものを考えることになった。APUは就職に重きをおいている大学であり、一部の国際化のニーズに答えたようなこれからの時代に必要な大学の一つのように思われる。芸術大学や音楽大学のように大学自体がそれぞれの特色を持ったものになっていくのはこれから求められることのように思われる。
一方で文学部系のような学部の削減統廃合が進んでいるがそのような、実学などとは離れた学問が軽視されることに個人的には反対の立場である。そのためAPUのような大学を先進的と認めつつそれに画一化するのは反対である。
■ 海外から東大への留学の面において、東大のグローバル化戦略がいかに形式ばかりで内実が伴っていないかを痛感しました。一方でAPUは日本人学生・外国人留学生の各々を対象とする目的が明確で、学校の仕組みもその達成にきちんと貢献しているのを感じました。「日本人の排他性」に言及されていましたが、これは海外と比べる機会の少なかった私にとっては新たな発見であり刺激的でした。
また、小田垣さんのお話の中にイスラム教の考え方として「富を得た人はそれ以上の富を周りの人に与えなくてはならない」というものがありましたが、これはヴェブレンの描いたアメリカにおける富の考え方と非常に対照的で興味深かったです。
■ 地元の大学であり、何度か訪れたことのあったAPUの創立のお話などをたくさんお聞きすることができ、大変興味深かったです。学部留学においては、その大学の特色や魅力だけでなく、国自体の文化、経済、安全などの魅力・ブランドが不可欠だというお話が印象に残りました。また外国人留学生をめぐる争いがこんなに熾烈なものだとは知らず、自分は彼らと戦い、また協力していかなければならない世代なのだと実感し、身が引き締まる思いでした。考えを相対化することができているかどうか常に自問しながら生きていきたいなと思いました。
■ 今回のMBFでは本当のグローバル化とは何なのかを考えさせられた。現在の日本では至る所でグローバル化が叫ばれているが、それが指す内容についてはよく理解されていないのが現状ではないだろうか。英語が話せればグローバルなのか、はたまた外国にたくさん知り合いがいればグローバルなのか。はっきりとした定義はなく、グローバル化を叫ぶ人たちからもそれが何を意味するのか伝わってこない。恐らく、多くの人にとってグローバル化とは巨大な張りぼてのようなもので、何か偉大なことのように思えて実は中身はスカスカといったところではないだろうか。
是永先生のお話やAPU卒業生のお話を伺い、グローバル化とは「他の国との違いを理解し自分の国を相対化すること」なのではないかと感じた。海外を知るというのは自分の国を知るということと表裏一体だろう。他国について考える時、その比較対象として自分の国が用いられるからだ。この体験は自分の国の人たちのみと交流しているのでは身につかない。海外の人と交流し違いを認識することで初めて可能になるのだ。世界の様々な地域の人々と交流する上で、この違いを認識することは非常に重要だろう。自分と相手の違う点を理解して初めて相手のニーズに応えることができるからだ。APUにはアジアをはじめとする世界各国から学生が集まっている。グローバル化とはそのような環境でこそ醸成されうるものである。
日本の高校生への知名度を上げ、APUの魅力を伝えることが今後の課題だろう。私の友人も1人APUに在籍しているが、高校の担任からは猛反対されたらしい。APUの知名度が海外では高いとしても、本国日本で低いのでは日本にある意味がなくなってしまう。日本の学生のグローバル化に貢献するため、日本での宣伝にもっと力を入れて欲しいと感じた。
■ 私は高校までを大分県で過ごしましたが、APUに関しては今回の講演を聞いて初めて知ることが多く、地元ながら今までその素晴らしさを知らなかったことを残念に思いました。国内の学生にはまだAPUの良さが十分に伝わりきれていない部分もあるかと思ったので、これからAPUの素晴らしさをさらに広く伝えていってほしいと思いました。
■ 近年に一から立ち上がった大学についてのお話は非常に新鮮でした。グローバルとは何であるかと考えるよい機会ともなりました。
同時に、このように学んでいる学生らに私も負けていられないと、良い刺激にもなりました。ありがとうございました。
■ まず、このような国際的な大学が日本に存在していることに驚きを感じました。近年のグローバル化の流れに遅れまい、には時代を先取った教育を行おうという熱心な姿勢が感じられとても感銘を受けました。しかし、少し不安に感じたのは大学の国際化ばかりに手を取られ、国内学生への配慮に少し欠けているのではないかということです。それは講義中度々感じられ、留学生のことが話題の大半を占めていたり、また大学ランキングや指定校指定など目先の数字に囚われすぎているのではないかという感はありました。
■ お話を伺い、立命館アジア太平洋大学が如何に多様な人物とのコミュニケーションに適した場なのか分かりました。比べて東京大学の場合は、主体的に動かなければ異文化交流は一切起こりえません。これは私の経験から分かります。人はどうしても似た者同士で集まりたがる性向があるように思いますが、そこを乗り越えて交流を図らなければ自己の相対化はできないでしょう。グローバルな人材とは、様々な言語が話せること、海外の文化に精通しておりまた寛容である事に加えて、自分がどのように海外の文化と異なっているか理解することが必要だと考えます。似た物と集まる性質を乗り越え相対化を成し遂げるためには、無理やりにでも異文化コミュニケーションを取らせるような環境に放り込む必要があるのかもしれないと思いました。
■ 今回は出来てまだ二十年経たない新しい大学である立命館アジア太平洋大学の学長のお話をお聞きしてから、グループで、日本のこれからのグローバル化について討論を行った。自分のグループは学生が多かったので、学生の視点からのグローバル化について議論した。皆それぞれ海外留学生のハングリー精神、将来への明確なビジョンに感心しつつ、焦りを感じているようだった。しかし一方で、日本の大学生は、東大生含め、やる気が感じられず、目標を持たないまま四年間をすごしてしてしまうことが多い。この現状をどう打開していくべきか、皆で意見を出しあっていた。
また最後に先生がおっしゃっていたように、ブランディングの立場から見るとAPUはとても凄いことを成し遂げている。新参者には懐疑的な大学教育という業界で、この短い時期でこれだけの学生を国内外から集めていることには素直に感心したし、学ぶことも多いと思った。
■ 自己の相対化の話が印象に残りました。一個人としての揺るがない自己をきちんと持ちながらもそれが絶対ではないと知っているからこそ他者を尊重し、協調する中で新しい創造ができるという人が本当のグローバル人材なのかなと思いました。他者の理解のためには違いを認めることはもちろん重要ですが、共通点を発見することも大切で、その過程を可能にするひとつとしてのリベラルアーツの重要性を感じました。
是永先生をはじめとするAPUの皆さんの、世界で活躍する人材を日本で育てるという熱意が非常に感じられました。ありがとうございました。