はじめに 21世紀に入って数年が経過したが、いまの日本企業の経営は、あまりにも米国流に傾きすぎている。戦後の数十年、多くの企業は米国流 経営を学んで近代化をはかり、成長・発展をとげてきた。それが十分に役立ってきたことは、誰もが認める事実である。だが、九〇年代、バブルが崩壊して以降 は、市場至上主義、株価第一主義、効率優先など、米国流経営のなかでも功利主義的な側面のみが脚光を浴びるようになった。一言でいえば、それは「カネ」を 中心におく経営である。「カネ」がキーワードとなり、どんな手段を使ってもカネが儲かればいい、勝てばいいと極端に走る者まで現れてきた。 しかし、果たしてカネ儲けだけが企業活動のゴールなのだろうか。そんなことで人々は働く幸せを感じ取れることができるのだろうか。求 めているのはもっと別の幸福感ではないのか。企業活動を通じて自分たちの夢や思いを実現していく。また、よきモノやサービスをつくり出して世のため、人の ために尽くしていく(利他の精神)― そんなゴールもあるはずである。そういうゴールをめざして経営者と社員が共に働くという生き方、仕事観、価値観は大事である。その先に醸成されるのは、モ ノやサービスを創り出す喜び、仕事の楽しみ、生きる喜び、そして人の世の幸せである。 実際に、われわれ研究 会のメンバーはこれまで元気のいい中小企業や老舗企業の数々を訪ねて仕事の現場を見学してきたが、そこでは経営者も社員も共に仕事を通して生きる喜びや楽 しみ、モノを創り出す喜びを実感しながら生き生きと働いていた。それでいて、利益もちゃんと上げている。いいモノをつくり、業績も上げている。それらの企 業は、多くの顧客に愛され、支持されている。自社ブランドも自ずと育ち、企業も永続している。働く人たちは、仕事と人生を重ね合わせて生きている。こうい う企業の経営のほうが、カネをゴールとする経営よりも幸せではないだろうか。少なくても日本人には、こちらの生き方、仕事観のほうが腑に落ちてくるように 思えてならない。 ただ、ここで誤解してほしくないのは、カネ儲け(利益追求)がダメだというのではないこと である。合理的な利益は、企業の存続と更なる発展のために必要不可欠である。だが、カネのみがゴールというのも、いかにもさびしい。そこに働くことの真の 意味があるのか、真の幸せはあるのか、と問いかけたいのである。 この本の土俵は、米国流のMBA的な(経営 学修士コースで教えられるビジネス学のような)ものではない。それとは異なる経営の軸であり、土俵である。それはおそらく私たち日本人の血の中に流れてい る日本固有の精神文化・風土に根ざしたものであり、日本の長い歴史のなかで培われてきた生き甲斐や働き甲斐を中心に置く経営といえるかもしれない。 そこで本書では、米国流経営に対する反措定としての新・日本型経営を論じてみたい。そのとき想定しているモデルは、かつてアベグレン が指摘した「終身雇用、年功序列、企業内組合」の三点セットではなく、江戸にはじまり現代に生きる「職商人」の人生観、仕事観、価値観である。そこでは作 り手(売り手)と使い手(買い手)は対立概念ではなく、両者の間には循環があり、一つながりとしてとられている。自分だけ利益を上げればいいという発想で はないのである。もう一つのモデルは、大きな夢、熱い思いを持ち、きらめく旗を掲げて躍進する元気のいい中小企業の人たちの生きざまである。そこには、こ れからの大企業が学ぶべきものが、多く潜んでいる。 本書は常盤、片平、古川が三者三様の立場でまとめたもの であるが、そこに通底するものは、働く人を大事にする経営であり、人の幸せであり、また企業と顧客との関係を一体不可分とする発想である。結果として会社 が元気になる、業績も伸びる、そして社会との共存も立派にはたしているという日本人にとって親しみやすい企業の姿である。 二〇世紀、企業の勝敗を制したのは実的資本、すなわちカネの蓄積だった。米国を中心に企業統治の仕組みがつくり上げられてきた。しかし二一世紀はこの延長 線上にはないだろう。カギを握るのは知的、人的資本であり、それは同時に企業で働くヒトであり、ヒトの生み出す〝知〟である。知を基におき、モノやサービ スを創り出す喜び、働く幸せを軸とする仕組みを企業経営の中に織り込むことである。この考え方は日本のみならず、広く世界企業の経営モデルとしても通用す るものと確信している。 本書の刊行の母体となったのは、丸の内ブランドフォーラム・常磐塾(職商人研究会) のメンバーである。土曜、日曜の休日をさいての研究会では熱い議論が交わされ、本当にいい勉強の場をもつことができた。本文中のコラムは、そのメンバーが 執筆したものである。また、メンバーの一人、東急総合研究所の瀬野嘉一部長には、スケジュールの調整、原稿の整理、出版社との打合せなど、全体の進行役と して大変お世話になった。ここに感謝の意を表したい。 最後に、会社訪問に快く応じてくださった多くの企業の 方々に、また当フォーラムでご講演いただいた諸講師の方々に厚くお礼申し上げます。 二〇〇七年一月 |