片平秀貴
購入者の五%程度が口コミで商品を宣伝する
もともと口コミというのは、近所の井戸端会議のように、われわれの身の回りに古くからあったわけです。ただ、伝わる範囲が限られるため、固定的で発展性がなかった。ところがオンラインの口コミは、昨日までまったく知らなかった者同士が地域性を超えて情報を交換する。コミュニケーションの総量が、格段に増えたところに特徴があります。
ブログをはじめとするCGM(消費者が内容を生成するメディア)の普及で、一般の消費者がマスに到達する手段も確保されました。ちなみに、世界のCGMの三分の一は日本語で書かれていると言われていて、日本人はこんなに多弁だったのかと驚かされます。こうして、オンラインの口コミが市民権を得るようになったいま、もはや企業もそれを無視できなくなりました。
では、企業は何をすべきか。従来、言われてきた「顧客満足」の追求ではダメだということです。消費者を「感動」「熱中」「心酔」させるかが鍵です。消費者は「感動」まで行って初めてそのよさを人に語り始めるからです。
現在、研究途上ですが、ある製品分野を過去に購入したことのある消費者のうち、五%程度が「感動」を抱き、そのほとんどが他人に製品の良さを語っていることが分かっています。今まで企業は消費者調査の平均点に目を奪われてきましたが、今後は満点をつけた消費者に注目しなければなりません。一人を徹底的に「熱中」させることは、二〇人の「満足」に勝るのです。既にモスフードサービスやリッツカールトンホテルなどが、そこに着目して独自のマーケティングを展開しています。
いかに「感動」を喚起するかは、正直、難しい問題です。言えることは、顧客の欲求を上回るドラスティックさが従来にも増して求められる点です。そもそもブランドとは商品名が刻み込まれた記憶であって、商品を通じて得た喜怒哀楽の程度が大きいほど、消費者はブランドを心に刻みやすい。そこでは、マーケターがいかに人間としての想いや世界観を伝えられるかがポイントです。サントリーの緑茶「伊右衛門」などは、京の老舗の世界観をうまく利用してヒットしました。
「アイドマ」から「アイデス」へ。販売後にどうもてなすかが鍵となる
現代の新しいブランド形成の流れを私は、「AIDEES(アイデス)」と呼んでいます。ある消費者の商品への「注目」「関心」「欲求」が「購入・体験」「熱意・心酔」へとつながる。そしてCGMを通じた「推奨・忠告」が、さらに別の消費者の「注目」へと循環し続けるところに特徴があります。旧来型の「注目」から「行動」という直線的な流れを示す「AIDMA(アイドマ)」とは、対置される概念です。
アイドマからアイデスへと手法をチェンジすることは、「売ったら終わり」ではなく、「売ってからどうおもてなしするか」へと、企業の思想を転換することに他なりません。生成した消費者の「興奮」や「感動」をフォローし続けることができるかどうか。そのために、メーカー側は「感動」した発信者に「ありがとう」と、きちんと伝えねばなりません。米国製バイクのハーレーダビッドソンは、ユーザーの八割が口コミで購入するそうです。「売るのは難しくないが、売ってからが大変」だそうで、購入者を相手にツーリングの企画を実施するなど、フォローが不可欠とのことです。すると、彼らがブログに書き込みをし、新たなファンがさらに買いに来るわけです。
一方で、松下電器産業の温風機の不具合の事例が示すように、「ごめんなさい」と率直に謝る真摯さが、プラスのブランドイメージを消費者に刻みました。電子口コミの時代には、消費者を欺くような嘘はもってのほかです。「利他の心」を、企業がもてるかどうかにかかっています。
(この記事はfole 2006年5月号に掲載された記事を元としています。)