ブランドをつくらなければいけない三つの理由

片平 秀貴

ブランドをつくることがなぜ重要なのかというきわめて根本的かつ原始的な問題を考えてみたい。

この問に対して私には三通りの答がある。順にご紹介しよう。まず第一に,ブランドづくりは2倍,3倍の努力が無限大の差を作り出す仕組みだということである。われわれは知らず知らずのうちにインプットとアウトプットの間に何らかの比例関係があると想定しがちである。2倍の努力は2倍プラスマイナスαの成果を生み出すというわけである。ところがインプットの対象が人間だといろいろと面白いことが起こる。

ハレーダビッドソンのファンにとってはハーレーと他のバイクとの間には無限の差がある。私の研究室の院生(女性)のようにいろいろと不具合に文句を言いながら多少恥ずかしそうにVAIOを買いつづけているというケースもある。ハーレーやソニーから彼(女)らへの働きかけが他のブランドと無限大の差があったわけでは決してないだろう。うまくやれば(そこが難しいのだが)投入産出比という点でブランドづくりほど効率的なゲームはない。

2番目の答はそれが関係者全員を同時に幸せにする仕組みだという点である。一般に,経営者,従業員,顧客はそれぞれ利害が対立する関係にあると言われている。ところがブランドづくりという業にはこれら3者が同時に幸せになるしくみが内蔵されている。このなぞを解く鍵は、経営者は従業員,顧客と一体化し,従業員は顧客と一体化するという「自他非分離」の原則にある。

自分自身が顧客になるのだから、自分が欲しいと思うものをきっちりと作りさえすれば顧客も喜ぶ。自分がやりたいことをやるのだからどんな努力も苦にならないし、その結果顧客が喜び、売上が上がり、株主も経営者も喜ぶというわけである。ホンダの、作る喜び,売る喜び,使う喜びという「三つの喜び」の理念はこのことを端的に表わしている。ソニーには開発者18か条なるものがある。その第2条に「客の目線ではなく,自分の目線でモノをつくれ」とある。開発者自身が一番うるさい顧客になったときこれに勝る方策はない。

最後の答は、ブランドをつくるという生き方だけが、組織が時代を超えて輝く唯一の方法である、というものである。「ビジョナリー・カンパニー」(コリンズ&ボラス著;邦訳版日経BP社刊)の中で著者たちは時代を超えて輝く企業に共通した特徴としてつぎの3点を挙げている。明確なビジョンが組織全体で共有されている;志と能力のあるリーダーが次からつぎに生まれる仕組みを持っている;困難にチャレンジし,飽くなき革新を追及する組織風土がある、の三つである。

これらは強いブランドを育てる組織に共通した特徴でもある。そう言えばソニーの18か条にも次のようなくだりがある。「第5条:できない理由はできることの証拠だ.できない理由を解決すればよい.」;「第14条:不可能と困難は可能のうち」。

今日わが国の経営者たちの間では安定した収益を上げ、また、企業価値を上げるためにブランドを強くしようというお安い理解が支配的である。楽しく明るく血のにじむような努力をしてその結果、皆が幸せになり時代を超えて輝くエネルギーが生まれる。このすばらしさを体で予感できない人にブランドの世界のドアが開くことはない。

(この文章は日経ネットビジネス2002.3.25.に掲載されたものに、加筆・修正したものです。2004年2月にアップロードされました。著作権は著者にあります。)