日本企業はこうやって復権する

インターネットに「集う」日本的特性に注目しよう

片平 秀貴

FTTHやADSLの普及によりインターネットが急速に家庭の中に入ってきている。若者だけでなく主婦、それも比較的高年齢の主婦にとってもインターネットは生活に欠かせないものになりつつある。今回は、この事実が日本で活躍する企業にとってとてつもない機会を提供するかもしれないという元気な大法螺を吹いてみよう

1. モノづくりだけでは復権できない?

最近わが国のビジネス論調を見ると、日本企業の強さを見直そうというものが目立つ。残念ながらそのほとんどは、「モノづくり」の原点に帰れば誰にも負けないという類の論旨に終始している。もちろんこのこと自体決して誤った考えだとは思わないが、いいものを完璧に作る達人技だけで世界に輝くことができると考えるのはいかにもイージーである。いつまでたっても、クルマにたとえれば、トヨタの亜流にはなれても、メルセデス、BMWにはなれないからである。

強いブランドは「革新アイデア→革新の実現→生産・販売→使用・感動→改善アイデア」というループを何回も回わることにより育て上げられる。ここで重要なのは「生産」だけを強化することではなく、このループ全体が正の回転をするようなトータルなしくみをつくることである。とくに、「(顧客の)使用・感動→(ブランド側の)改善アイデア」というところをどうシームレスに仕組むかが鍵を握っている。実は私は、日本人がインターネットと付き合う際の独特のスタイルが、このしくみづくりに大きな貢献をする可能性があるかもしれないと考えている。

2 書き込まれる貴重な知恵

日本人は親しくない人とのフェイス・ツー・フェイスの接触をできる限り回避する傾向が強い。講義や講演で質問が出ないのはその一例である。筆者は大学で講義する際に毎回学生たちにコメントシートを提出させている。質問はないかと聞いてもほとんど手が挙がらないにもかかわらず、提出されたコメントシートの多くは興味深い質問とコメントで埋め尽くされている。コメントシートという仕組みがなかったらそこに書かれていることは決して日の目を見ることはなかったに違いない。

Eメールとかインターネットの掲示板といった電子的しくみもこの「コメントシート」と同じ性質を持っていることに気が付く。このしくみができたことにより普通の人の生活シーンから生まれるさまざまな疑問や知恵が、そのまま埋もれることなく外に発信されるようになってきている。ブルータスの前編集長で現在日本版ヴォーグの社長の斎藤和弘氏も,「最近Eメールで送られてくる読者の声の中には時々はっとさせられるものがある。これは無視できないなと思うようになった」と語っている。以前とは比べ物にならないくらい多数の普通の人たちが肩の力を抜いて発言するようになったことにより、その中に時々驚くほど貴重な知恵が混ざっていることがあるというわけである。

3 企業・顧客が一体となった成長スパイラル

このように昨今内気な日本人の発信能力と発信意欲は飛躍的に増大している。これをうまく自分の味方につけるだけで「使用・感動→改善アイデア」のところが太くつながり、企業と顧客が一体となった成長のスパイラルが生まれるというわけである。さらに今日の消費者は自分が本気で気に入った企業に対しては、損得勘定抜きで積極的に提案し,また,仲間によい評判を流すものだという指摘もある。そうだとすると,そのような消費者を育てることにより,そのスパイラルはいっそう加速することになる。

最近企業側も自社サイトの中に消費者が集えるコミュニティを開設し、消費者と肌で触れ合える場をもとうという動きが盛んになってきた。カゴメの「野菜生活ネット」[www.yasai-web.com]、ホンダの「ワイガヤルーム」[www.honda.co.jp /WAIGAYA/]、など賑わっているコミュニティの代表例である。

顧客と一体化する態勢が整ったのはいいのだが、そこで顧客と会話をすることによって直接顧客から「改善アイデア」自体を獲得できると考えるのは正しくない。㈱本田技術研究所で乗用車開発の総指揮をとる小田垣邦道氏は「顧客の意見が直接開発のインプットとなることはほとんどない」と語る。企業にとってのコミュニティの効用は、商品開発やマーケティングの企画立案に関わる人たちに、ターゲットとなる顧客の目の付け所や感じ方について重要な情報を伝えることである。

「使用・感動→改善アイデア」のステップは実は「顧客による使用・感動→感想・コメント→担当者による消化,熟成→改善・革新アイデア」というかたちで構成されていると見ることができる。例えば,ホンダの「ワイガヤルーム」の中の意見は同社のエンジニアたちにとって直接参考になるものは少ないかもしれないが,彼らに自分たちが「顧客の中にいる」という奇妙な安心感と自信を与えている。

顧客のど真中に自分を置くというのは世界の強いブランドの定石である。一方、ネット上で自分たちの回りに顧客が集い意見交換できる,という願ってもない環境は、内気で集いたがる日本の消費者ならではのものである。厳しく賢い日本の消費者で何回もテストされた革新が次々に世界に発信され世界が驚く、という夢が私の法螺のエッセンスである。それはインターネット時代の日本復権のシナリオとしてそれほど的外れなことではないかもしれない、と考えているのは私だけであろうか。

(この文章は日経ネットビジネスに掲載されたものに、加筆・修正したものです。2004年3月にアップロードされました。著作権は著者にあります。)


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