片平秀貴
東急総合研究所が開催する講演会「三水会」が2月16日、グループ各社の経営陣を招いてキャピトル東急ホテルで開催され、丸の内ブランドフォーラムの片平秀貴代表が「ブランドをつくるということ、東急ブランドの未来に向けて」と題して講演した。以下はその要約。
「ブランド」を経営する時代
一般的に「ブランドとは何か」の問いに対してすぐ出てくるのは、「絶対的な信頼感や安心感」ではないでしょうか。ただ、それだけでは物足りないわけです。そこを突き抜けて、ブランドが顧客の頭に襲いかかる存在になっているかどうかが重要です。おなかがすいたときに頭に何が襲ってくるか。家を探そうとしたときに、東急沿線が襲ってくる、そうなって初めてブランドができたと言えます。
本日お話するのは、「企業」を経営する時代ではない、ということです。顧客や供給先の人々の頭の中に埋め込まれているブランド、例えば東急であったり、建設会社なら鹿島、コンビニならローソン、といった「ブランド」を経営していく時代です。どうやって顧客が「東急さんありがとう」と言い続けるか、その仕掛けをつくり出していくことが「ブランドの経営」です。
ブランドの本質とは人には絶対まねできない、その集団しか持っていないものです。その集団の一人ひとりが持っている魅力を全部まとめて、さらに強い魅力として消費者に届ける際に生まれる「私たちがこんなに皆さんのことを思ってつくったものなので、ぜひ仲間になってください」という思いや哲学。すばらしい機能と同時に、そうした思いを共有できる誇りを与えてくれるのがブランドなのです。
ブランドを築いた人たちによく見られるのは、「自分たちが何かをやって、ほかの人たちが幸せになる。その姿を見るのが最高の幸せなんだ」というメンタリティー(心的状態)です。もちろんビジネスなので、お金を残していく必要はあります。ただ順番は、まず顧客が幸せになる。次に、その姿を見た社員や売り手の人たちが幸せになる。幸せな顧客は少し多めにお金を出し、財務諸表が幸せになる。経営者と株主が幸せになる。その結果、ボーナスが出て、さらに社員と売り手が幸せになる、という仕組みになっています。
顧客のことを肌で感じているか
これまでの経営学というのは、会社のビルの中、敷地の中をどうコントロールするか、でした。手元にある資金、雇用契約をしている社員、持っている工場、研究開発の資産、それらをどう動かしていくか、ということばかりに目がいくわけです。本当は一番働きかけなくてはならない対象は顧客なのに。でも、顧客のことを肌で感じている経営者はそんなに多くない。特に日本の立派な企業のトップは、黒塗りの車で迎えに来られて会社に着く。一番上の役員室に入り、昼食で下に降りてまた役員室に戻る。夜、ホテル会食に出て、また車で家に帰る。その動線の間にお客さまとの接点はほとんどないわけです。
顧客に関するデータは市場調査部長から上がってきた数字か、営業から上がってきた対前月、対前年の数字だということです。結局、自分たちの価値をその中でしか測れないわけですから、顧客のこともよく分からない。
基本的にブランドは、「お客さまが幸せになるためには」という発想から生じます。不思議なことに2倍、3倍の努力や3倍の熱い思いによって、無限の差が生まれるのがブランドの面白いところです。
また、いったんいいスパイラルに入って動き始めると圧倒的に儲かります。70年代に東レはエクセーヌという合成皮革の素材を開発しました。イタリアでは80年代からアルカンタラという商標で全く違う商売をしています。それは、イタリア人が、「自分たちのプライドがかかってるブランドなんだ」という意識で「顧客が本当に幸せになるための仕掛けをしよう」とした結果、アルカンタラだけで税引前利益が年間60億円という結果を出しました。日本のエクセーヌは逆に、苦心しているようです。
「ブランドは時間をかけないとできない」というのは、大うそです。アルカンタラという合成皮革のブランドは、イタリアに入って3年ぐらいで名声を打ち立てています。そして8年後にドイツでは、コカコーラに次いで名前を知られた知名率2番目のブランドになっています。同じ着るものでいうと、「ジョルジオ・アルマーニ」は5年足らずで世界的な名前になりました。
新しいものを生むために
「あったらいいなを形にする」という小林製薬のスローガンがあります。これはまさに僕の言うブランドそのものです。あったらいいな、ここがこう変わったらいいな、それが夢というものです。社員の一人ひとりがせっかくユーザーとして夢を持っていても、企画会議でそれを出すとおやじ連中が寄ってたかって「君、それは分かるけどね」と全部つぶしてしまう。そうではなくて、一人ひとりの夢をまじめに受けとめて、「よし、やってみろ」と言ってみる。そうすると、新しい物や事が生まれて、それを望んでいたお客さんに喜ばれます。
今ある多くのブランドは「普通ではない人が驚いて、その思いに触れて感動する」ことから始まっています。1人すごい人が感動して、友だちに語ったり、それがニュースになったりする。そうすると、次のお客さんを呼び込んで、同じ体験をして感動する。これでどんどん同じ思いを共有するファンが増えていくのです。
少し具体的な話に入りますが、「敵」はお客さまなのです。どういうことかというと、こちらは敵であるお客さま以上に「いいこと」を知らなけれなりません。東急が渋谷を活性化する、大人のすてきな街にするといったときに、皆さんがすばらしい街とはこうあるべきだという体験をいっぱい持ってなければいけません。「こういう店がないよね」「こんな食事をしたいよね」「こういう文化が欲しいよね」というものを、東急の街づくりの人たちは、渋谷を訪れるレベルの高い普通の人たちよりも、圧倒的にたくさん知っている必要があります。
最近のヒット商品に、キリンの「氷結」や「カラリオME」というエプソンのMDラジカセみたいなプリンタ、トヨタの「プリウス」などがあります。こういうものも全部、一人の人の強い思いから生まれたものです。1勝4敗ぐらいが許されれば、商品分野でヒットをつくったり、看板になるような画期的なものというのはできると思います。ただ、それには条件があって、これまで企画会議に出してもらえなかったユーザーに一番近い人たちに、「あったらいいな」を語らせなければなりません。
近畿日本ツーリストが10人ぐらいの女性のチームをつくって、「あなたたち、旅行に行くときに近ツリのサービスのどこが気に入らないか、言ってごらんなさい」と聞きました。出るわ出るわ、200 個ぐらい出たそうです。
インターネットのおかげで、メーカーと対話できる時代になりました。以前は、普通の主婦が味の素と対話するなんて考えもしなかったわけですが、今はどんどんサイトに書き込みをして、質問しています。ですから、問い合わせの電話番号も分からないようなブランドは見切りをつけられます。いままではファンだったけれども、もう全然駄目ね、ということになります。
最近の消費者は、頭がよくて、心根が良くて、お行儀がいいけれども、企業のやることに対して非常に厳しい目を持っています。これまでの日本人と違って哲学を問うからです。物の価値だけではなくて、つくっている人たちが何を考えているかについて非常に敏感になってきています。
東急さんもどんどん便利になってきていますが、いま一度心というか、東急の人たちならではの「東急沿線はこうあってほしい、渋谷はこうあってほしい」という思いをさらに注ぎ込んでください。
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