月報11月号/特別記事 超顧客主義がブランドをつくる

片平 秀貴

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はじめに

本日は「ブランドをつくるということ」をテーマにお話をさせていただきます。私から皆さんにお話したいことは以下の3 つです。

  • ① 顧客にニーズを聞くのはやめよう
    「あなたは何が欲しいですか」- この姿勢はやめましょう。これをやっている限り、お客様にも、ライバルにも絶対に賞賛されません。
  • ② 競合を見るのはやめよう
    基本はお客様です。競合というのは結果で比べるのならいいですが、「ライバルがこうだから」「ベストプラクティスはこれだから」という姿勢でいる限り、良いブランドはつくれません。
  • ③ “ Y e s , b u t ・・・” はやめよう
    「話は分かった、だけれども・・・」「君のアイディアは素晴らしいね。しかし・・・」と言う場合がよくあります。「しかし」の後、必ず3 分から5 分くらい、如何に君の言っていることは不可能かという説教が続きます。“ Y e s , b u t ・・・” ではなく“ W h y , n o t ・・・” ( どうしてやらないのか。やってみようじゃないか) であるべきです。

この3 つについて、講演が終わった時、皆さんに「うーん、そうかもしれないな」と思っていただければ幸いです。

1 .ブランドとは

顧客の心に残るかけがえのない企業名あるいは商品名のことを、一般に「ブランド」と呼んでいますが、そういう存在になると、いったいどんな良いことがあるのでしょうか。

まずは、お客様がうれしくなる。単に日常生活の問題が解決するだけではなく、その商品と一緒にいることが幸せだと感じるようになる。企業も、「お客様が幸せになっていただき、私たちはやりがいがあった」とうれしく思う。こうしたプラスのサイクルが日本中で起きれば、G D P を押し上げるだけでなく、幸せの大きさもどんどん増していくのです。

「あそこの企業って、何か違うよね」という良い評判が定着すれば、定価5 万円の商品を喜んで5 万円出して買っていく。他のメーカーの商品だったら、「3 万9 千円にならないの」と値切るところを、5 万円出してもうれしいと感じる。これがブランドなのです。

そのためにはどうしたら良いのでしょうか。「最高の品質」「最高の性能」といった驚きだけでは、その商品が顧客の心に残るのに十分ではありません。驚きとともに、その驚きを届けてくれた人の思い、熱い情熱、そういうものが一緒に届けられることが重要です。 その接点で、人々は「うれしいね」「どうもありがとう」と心地よく感じる。つまり、機械的に素晴らしい商品だなと思うのと、自分にとってうれしい商品だなと思うのとでは、 ずいぶん距離があるということです。

皆さんにも、「〇〇ブランド、ありがとう」という経験がこれまで数多くあったかと思いますが、その時におそらく相手の思いが何らかのきっかけで伝わってきているはずです。例えば、営業マンの並外れた注意力や徹底したフォロー。この人は何故こんなに頑張るのだろう- それは、貴方に幸せになって欲しいからです。こういう思いに触れると、その企業なり商品が、グッと近い存在に思えてくるのです。

2 .超顧客主義

昨年暮れに上梓した『超顧客主義』に登場する経営者たちは、基本的に、そういうことをずっとやってきている人たちなのです。「お客様、私がいるから、もうちょっと幸せになってください。私にとってそれが一番の報酬です」と思っている人たちですね。もちろんビジネス・パーソンですから、当然、それによって適正な( もしくは豊かな) 収益がも たらされることを期待しているのですが、その大前提として「あの人をこういうふうに幸せにしたい」という思いがあるのです。

世界中で賞賛される企業の経営者たちには、こうした思いが共通して見られます。要するに、自分たちが作っている商品は、本当に自分が欲しいと思う商品なのかということを、 自ら一顧客となって常に問いかけているのです。さらにもう1 つの共通点があります。そ れは「お客様には見えない素晴らしいものが自分には見える」ということです。これがな ければブランドにはならないと言ってもいいでしょう。

最近、ある勉強会で、花王前会長の常盤文克氏が中国の古代思想を引用され、「玄人とは何か」というお話をされました。「玄人というのは、凡人の目には見えないものが見える人である。これに尽きる」と指摘されたのです。そして、お客様といつも競争しなさい。そして、お客様の知っている良いことは全部把握しなさい。さらに、お客様が知らない素晴らしいことを、いろいろな体験から積み重ねていき、自分の頭(心) の中に留めておきなさい。「超顧客主義」とは、まさにこれをダイナミックにやっていくということなのです。

3 . ブランドは顧客の脳細胞についた深い皺

ブランドができている状態とは、B toC ではお客様、B toB では購買担当者や総務部長、そういう人の頭の中に圧倒的な存在感が築かれ、「どうしても他のものでは代えがたい」という魅力、そして、少しばかりの畏敬の念( r e s p e c t)が深く植え付けられている状態です。

高級バイクのブランドとして有名なハーレー・ダビッドソン。先日、同社の米国本社の副社長の方に、「ハーレー・ダビッドソンというのは、どういうブランドなのですか」とお尋ねしたところ、「分かっている人には説明する必要はないし、分からない人には説明するのが不可能だ」と言われてしまいました。要するに、言葉では表現できないから、とにかく乗ってくれと。一人で乗るだけではダメで、仲間と一緒に楽しい時間を過ごしてごらんなさいというわけです。

ブランドというのは「脳細胞についた深い皺」ではないかと思います。「皺」はそう簡単にはつきませんが、一度ついてしまうと、なかなか元に戻すことはできません。ブランドが「皺」として定着するためには、感動だけでは不十分で、それに名前が付き、何回も繰り返されることが必要です。日本人の美学には反するかも知れませんが、やはりきちんと名乗らなければ、誰に感動させてもらったのかが伝わりません。図々しくやると嫌がられますが、折に触れて必ず“ I t ‘ s a S o n y”と囁き続ければ、「あっ、これはソニーなんだ」ということが分かってくるのです。

さて、今「感動」とあっさり言ってしまいましたが、他人を感動させることは大変なことです。その基本はやはり「驚き」であり、それを与えるには、知らないことを届けるためのイノベーションが必要です。そして、イノベーションの元は、新しいことをお客様に届けたいという「夢」なのです。

その「驚き」に「哲学」と「おもてなし」が一緒になることで、「・・・さん、ありがとう」ということになり、それが「感動」につながって「皺」になるのです。車の安全性に関する独自の哲学を愚直なまでに発信し続けているメルセデスベンツが分かりやすい例だと思います。

日本のメーカーは、この哲学の発信という部分が非常に苦手です。素晴らしい哲学を持っていても、何も言いたがりません。これは、日本の悪しき伝統である「組織の匿名性」に由来するものだと思われます。たしかに「みんなでつくった」ものかも知れませんが、その中の代表選手で「私がつくった」という人がいるのであれば、その人の思いを一緒に届けてあげればいいのです。

4 . 夢と哲学

ブランドの基本は、やはり「夢」と「哲学」だと思います。新型クラウンのボディーに施された筆の線のデザインであれ、全自動焦点カメラであれ、女性でも威張って飲める缶チューハイであれ、その基本には「夢」と「哲学」があるのです。そういったものは自由奔放な企業文化から生まれるのだと、イノベーションの専門家は必ず言います。ある部分当たってはいるのですが、私は自由奔放なだけの企業文化からは何も生まれないと思っています。

昨年12月、ディズニーの映画部門の総責任者リチャード・クックさんにインタビューした際、そのことを非常に適切に説明してくれました。“ W e w o r k i n a b o x” - 我々は立方体の箱の中で仕事をしている。箱を取っ払ったら良い仕事はできない。箱はどんなに小さくてもいい。箱がはっきりしていればいい。

箱というのは何かというと、図表2 に示す通り、時間と予算の制約、そしてもうひとつが理念の制約です。ディズニーの理念とは、① 楽しくないものはやらない、② 特定の年齢層にだけアピールするものはやらない、③ 反社会的なものはやらない、・・・というものです。クックさんは、「これだけ縛られると、幾らでもエネルギーが出る。詰めれば詰めるほど、クリエイティブになれる」と言っていました。これは、イノベーションについても言えることではないでしょうか。

「夢」というのは実現するとなくなりますから、また次の夢、次の夢、と進んでいくのですが、その夢の軸がぶれないようにするのが企業理念です。そして、社員や経営者一人ひとりの経験とその蓄積、素晴らしいお客様や関係者からの学習が、その夢を育てる肥やしとなります。

5 . 私が欲しいものをつくる

「ソニー」のブランド力がすごいということは誰もが認めることでしょう。今、ソニーはちょっと元気がありませんが、それでも調査してみると、ブランドとしてソニーが好きだという人は殆ど減っていません。それだけ「皺」が深いわけです。ソニーには「開発者1 8カ条」というものがあり、その第1 条に「客の欲しがるものではなく、客のためになるものをつくれ」、第2 条に「客の目線ではなく、自分の目線でモノをつくれ」とあります。要するに、君たちはプロなのだから、普通の人( お客様) に負けていては困るということです。

もちろん、お客様の中には素晴らしい人もいます。図表3 は「C u s t o m e r T r ee」と呼ばれるものですが、この中で、B さんはA さんの好みは分からないけれど、C さんの好みなら分かる。A さんはすべての人の好みが分かる。A さんが「これ、ステキですよ」と言えば、B さんもC さんも「そうですね」と言う。ところが、B さんが「このレストラン、美味しいわよ」と言っても、C さんは喜んで行くけれども、A さんは「うーん」と言う。世の中には、このように厳しい( 目先の利く) クライアントと、何でも誤魔化されてしまう人たちがいます。ブランドをつくる人としては、A さんのようなお客様を見つけて付き合うことが必要なのです。

世界中に知れ渡る偉大なブランドをつくってきた「A r m a n i 」「N i ke」「S t a r b u c k s 」「So n y 」「H o n da」「H o t e l O k u r a」などは、皆そういう仕組みを持っているようです。「フォー・シーズンズ」のホームページを見ると、“ a b o u t u s” - 「我々について語ります」というところに「我々の信条」というのがあります。我々のポリシーはただ1 つ- 自分が相手だったら、こういうふうにされたいだろうなと思うようにお客様にして差し上げなさい。

「超顧客主義」というのは、たぶんこれに尽きると思います。自分をお客様の立場に置いて、今、このお客様はこうされたいなとか、こうされたくないなとか、これだけがプリンシプルであって、他にマニュアルはありません。

6 . 革新というアクション

ブランドづくりというのは、良い広告を出してお客様に印象づけるというような単純なものではありません。基本は、リーダーの情熱がどうやって末端まで伝わるか、伝わり続けるか、そのための仕組みを持つということです。夢とか哲学というのはあくまで入口であって、実際には何らかのアクションを起こさなければいけません。

革新が生まれたケースでは、やはり、夢を見た個人の強い思いが共通して見られます。また、「キーパースンの傘」も重要な要素です。さらに「1 勝2 敗」の精神、すなわち、3 戦全勝でないと判子を押さないという上司ではダメです。失敗しても、成功しても、とにかく結果に触れ、結果から学ぶという姿勢がなければ、ブランドはつくれません。

基本的には、アクションを起こし、その意味を発信する。その結果に触れて納得し、更なるアクションを起こす。そうした過程が確信につながる。ブランドをつくるには、これをずっと続けていくメカニズムが必要なのです。

7 . ブランドの落とし穴

世の中には、格好の良い理念を作文し、ロゴマークを決めて、「社長、できました」と持っていくケースが非常に多く見受けられます。しかし、これまで申し上げた通り、リーダーの思いが、社員一人ひとりの心の中で納得のいくものでなければならないし、その思いに基づきアクションが生まれるものでなければならないのです。それはずっと続くもの、例えば、立派なビルディングを1 つポンとつくるだけではなく、小さなビルディングから始まって着実に立派なビルディングに変わっていく、そういう仕組みを持つことが重要なのです。

T O T O や小林製薬といった会社は、こう言っては失礼かも知れませんが、非常に朴訥というか愚直に、きっちりした約束を社会にして、それを全部アクションに結び付けています。しかし、日本の大企業の多くは秀才たちによる作文先行型で、格好は良いが実現には相当距離があるなと感じさせられます。もう少し小さいところから愚直にやればいいのになと思うことがしばしばあります。

そこで、こういう落とし穴に嵌らないためのポイント、言い換えれば、強いブランドをつくるためのポイントをもう一度確認しておきましょう。
① 内発的な強い動機がある
サラリーマンとして9時~ 5時で仕事をしているようでは、大して強い動機は生まれてきません。個人として「欲しい」「必要だ」「して差し上げたい」、そういう思いとビジネスとが一緒になるような仕組みを持っている企業こそが、強いブランドをつくれるのです。
② 常にアクションと結び付いている
先ほどもお話した通り、夢とか哲学だけで終わることなく、それを実際のアクションに結び付けていくことが必要です。
③ トップが本気で取り組んでいる
ミドルが本気で取り組む例は数多くあるのですが、一番危ないのは、トップに「あいつら、何を勝手なことをやってるんだ」と思わせてしまうことです。やはり、トップ自らが本気でお客様に対して発信しようと思わなければダメです。

おわりに

最後に、常盤文克さんの『モノづくりのこころ』( 日経B P 社) という本から、ブランドを考える上で非常に参考になる部分をご紹介しましょう。

〇一人称: 職人の世界はつくる「モノ」と「ヒト」の人生が重なり合っている
〇競争の落とし穴: 「他社にないものを」ではなく、「消費者にないものを」という発想が必要なのだ

この本の中で常盤さんは、永六輔さんの『職人』( 岩波新書) から引用して、「職業に 貴賤はないが、生き方には貴賤がある」「褒められたい、認められたい、そう思い始めたら、仕事がどこか嘘になる」「職人が愛されるっていうならいいけれど、尊敬されるようになったらオシマイだ」などと書いておられるのですが、まさに職人魂にブランドの心を見る思いがします。

ビジネスというと、普通の人間の営み( 生活) とはまったく違う原則、もっと厳しい原理で動いている世界であって、それをマスターできない者は出ていけ、といったような風潮がずっとありました。しかし最近では、人間の一番根幹の部分、これをうまくつなげることのできた人たちが良い成果を残せるようになってきました。そういう企業であれば、ちょっとした不祥事は乗り越えられるくらいの強い絆をつくることができると思います。

決められた時間がまいりましたので、これで私の講演を終わらせていただきます。本日はご清聴いただきありがとうございました。

(本稿は、平成16年9月7日に東京で開催された講演会の講演要旨を月報編集部にて取り纏めたものです。)


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エクステリアデザイン全体も、ならではの美しさが表現されていて好感が持てるのだが、この一本の線がまさに画竜点睛である。この一本の線でクラウンはワールドクラスのブランドになる入り口に立ったのではないかと思う。聞くところによると、来年春の中国を皮切りに順次世界の市場に投入されるのだという。今後、トヨタはぜひこの哲学とこのアイコンを大事にしてほしい。50年後に、世界中の自動車ファンが「クラウンの『サイドライン』」の薀蓄を誇らしげに語り合う光景を思い浮かべると、一人の日本人としてちょっぴりうれしく、誇らしい。

(グッドデザイン賞審査員による「私の選んだ一品」掲載原稿より)

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