片平 秀貴
トヨタ自動車・クラウン
不思議なことに、これだけ売れているにもかかわらず世界に通用する日本の車のブランドはほとんどない。日本車は非常によくできたモノではあるが、世界でブランドとして認知されるためには、それに加えて、なぜこの車でなくてはならないのかという強い意味、すなわち、哲学を一貫して発信する必要があり、日本車には決定的にそれが欠けていた、というのが私の見解だ。
やっと日本にもしっかりとした哲学を自覚した車が現れた。それが今回のクラウンである。漆や磁器の人間国宝にも通じる日本の匠のこだわり、それを自らのアイデンティティとして明確に意識してデザインされたのだという。それは車づくりのすべての側面で発揮されているに違いないのだが、このクラウンのすばらしいところは、そのことを象徴的に1ヶ所に凝縮して「かたち」として表現したことである。
ボディの側面をテールからフロントフェンダーの後部にかけて走る繊細なひとつの線がそれなのである。それは、日本の書で筆が力強く紙を離れるときに描かれる、かすれた一本の線をモチーフにしているのだと、チーフデザイナーの林さんは語った。書の中の筆の跡。日本を、日本人を、日本の文化を象徴するのにこれ以上のアイコンはないのではないか。繊細だけれども力強いこの線をクラウンのボディパネルに実現させるために何十回もプレスの試行錯誤を繰り返したのだという。
エクステリアデザイン全体も、ならではの美しさが表現されていて好感が持てるのだが、この一本の線がまさに画竜点睛である。この一本の線でクラウンはワールドクラスのブランドになる入り口に立ったのではないかと思う。聞くところによると、来年春の中国を皮切りに順次世界の市場に投入されるのだという。今後、トヨタはぜひこの哲学とこのアイコンを大事にしてほしい。50年後に、世界中の自動車ファンが「クラウンの『サイドライン』」の薀蓄を誇らしげに語り合う光景を思い浮かべると、一人の日本人としてちょっぴりうれしく、誇らしい。
関連記事